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島国根性

日本は他国との境界を海によって作っている島国です。そう頻繁には他人がこない。領土があまりにも自明なものに思われてくる。外部はあまり意識されない。内部はもはや住民に癒着して離れない。
とはいえというかだからこそ到来者は必ずしも明示的に排斥されない。誇張していえば内部が余りにも膨張した人間には外部がほとんどなく、他人を拒むこともできない。他人はそもそもいなかった。
日本人は到来者を吸収する。官僚と自民党は敵対せず、吸収しあいひとつのものになる。文字をはじめとした技術を吸収する。日本語を公用語であると規定しない。なぜならそのような明示は境界性を呼び覚まし対立概念が想定されかねないから。
これらを悪意で用いるならばフランスのような明示的な同化圧力よりいやらしい(もっとも善意であっても体制を補強することにはかわらないが)

もっともこれらのことは大陸における共同体でも同じようなものであろう。そもそも大陸というのは巨大な島であるだけなのだから。
あらゆる二項対立は理念型でしか表現しえない。実情を忘れなければこのような二項対立は役に立つ。
これらを考慮して書くと島国はどちらかといえば外部を忘却するので、ハイコンテクスト社会を形成する傾向があるということが可能であるやもしれないのだが。。。などとなるがどんだけ臆病なんだということになる。
そこで病は質的なもでなく量的なものであるというあの至言ですますのが一番かっこいい。

島国根性とは外部をそのままにしておけない心性のことだ。
するとそれって人間心理のことじゃんとおもったり。