金持ちは、なぜ高いところに住むのか(2)

まだエレベータによる均質化が十分にされる前、
地下室や屋根裏部屋は空気の淀んだ世間から隔絶された場所であり
これを象徴的に表現するのがシュピッツヴェーグ『貧しい詩人』である。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/8/85/Carl_Spitzweg_-_Der_arme_Poet_%28Neue_Pinakothek%29.jpg


ルートビッヒ・ティーク『人生の余分なもの』も興味深い例だ。

p.100
屋根裏部屋における空想の高みへの飛翔は、自身の孤独をより徹底的に推し進めようとするハインリヒの努力の中に現れている。
彼は、薪が不足すると、屋根裏部屋と一階の間の階段を徐々に壊して、そこから、木材を取り、暖炉にくべて団を取ろうとまで
考えるのである。ここが、まさにこの物語の山場である。このカップルの隠遁生活は、唯一の階段が徐々に消滅していく中で頂点に達するのだ。
輸送手段だったものは自己を維持するための手段へ、外界との仲立ちをしていたものは暖を取るための材料へと姿を変える。その場から身体を
動かさない静かな生活の気楽さを得るためには、外界との交流が犠牲にされなければならない。この原則は、『貧しき詩人』でもまた同じものだった。…階段の破壊者であるハインリヒは、こともあろうに、救出されたことを信頼できるつながりのおかげだと感謝するのだ。

逃避行の後に古書店に売ったチョーサーの本に自分の運命と住所とを記しており、これを友人が発見してハインリヒを助けるのだ。

エレベータの操作に技術を要した時代は押しボタンの発明によって終わる。

P217‐223
人間の知能のあてにならなさが情報伝達を危うくしかねない分野で、押しボタンは
その有効性を示した。しかし、人間という主体が情報の責任ある発生源として重要でなくなること
には、危険な側面もあった。譲歩伝達が匿名で即座に行われるため、押しボタンは登場した時から
ある種の不安、つまり誤用といたずらに対する懸念を伴っていた。…
押しボタン式火災報知器は、導入直後から誤って押されることが頻繁に起きたため、すぐに防護用の
熱いガラス板で覆われるようになった。それ以来、火災報知器のデザインは、奇妙なパラドックスを特徴としている。
警報を発するための内側のハードルができるだけ低くなるようにされている一方で、外側のハードルは誤用を防ぐために
特に高くなるようにされているのだ。したがって、…自らの力と技能を示さなければならないという状況がまたもや生じることになる。
しかし、その力と技能は、防護ガラスを破ってボタンを押すという行為そのものによってではなく、その行為が正当なもので
あるということによって証明されるものであった。…押しボタンの外観は、それを押してみたいという普遍的な欲求をたきつける。
…押しボタンが作用をもたらすことは、たとえ不変なものに思われようとも、結局は決して本当には保証されていないのである。
押しボタンは、いつでも偽薬であるかもしれないのだ。

1890年ごろのニューヨークでは、エレベーターによる医学的な悪影響が心配され
一回に到着する際、全員、頭と肩をエレベーターボックスの壁に押し付けていたという話に続き、
ヴォルフガング・シーフェルブッシュを引用して

 P.256
列車の中で読書をする19世紀後半の鉄道旅客は、それより前の時代の鉄道旅客よりも、言ってみれば、
分厚い皮質層を持っている。以前の旅客は読書など思いも寄らなかった。なぜなら、
彼らにとって旅行とは、大脳皮質全体を興奮させる空間と時間の冒険だったからである。

 このような「エレベーター病」は10年ほどで消え失せるヒポコンデリーだったが
続いて神経症としてのそれ―「閉所恐怖症」が現れる。

 

また権力者はエレベータという均質化=民主化を齎す機構に苦慮する。
フランツ・ヨーゼフ一世はエレベータを嫌い、ヴィクトリア女王はバルモラル城にエレベータを設置することを躊躇っていた。

その理由として①均一化効果②中がのぞき込めず演出ができないことをあげる。

宮廷の主階段はレセプションにおいて中心的役割を担っていた。

権力者のエレベータトラブルとして、時代が下ってフルシチョフがウォルド―フ・アストリア・ホテルで閉じ込められたことがあった。

 

つづく