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われら地上の子、正義について語る

再放送のハーバード白熱教室大体ぜんぶ見た。
マイケル・サンデルは本当に良い先生だ。それに授業のテーマ、正義についての結論が授業形式にもかなっている。この自己言及性、熱いです。教科書を棒読みしてるだけのそこの君、ちょっと反省したまえ。
かれはプラトニックな人ではありません。そこがカント―ロールズと違うとこ。ニーチェに毒されてからファッキンプラトニック野郎が嫌いなぼくは自然と共感してしまいます。
サンデル先生(なんか呼び捨てしづらくなった)はコミュニタリアンという風に分類されてるみたいです。なんかコミュニタリアンって厳ついマッチョメーンが徒党を組んでるそんな気がしちゃうかもしれない。だけど奥さんそんなことはありません。
彼がなぜコミュニタリアンなのかと言えば、それは人間というのは偶然性に左右された文脈を常に背負わねばならない存在、ダーザインなのだということなんだ。別にアメリカ最高だぜー、日本車なんてぶっ壊せ、ヒャッハーというわけではないんですね。当たり前ですね。
でもそれだとハイデガーのようにナチっちゃうんじゃないんというのも一理ある。サンデル先生はアリストテレスを敲き台にしている。アリストテレス奴隷制を肯定していたという瑕疵がある。この点についてはアリストテレスの個人的な問題としている。すなわちアリストテレス自身の議論から奴隷制について否定することもできるというわけだ。社会にとって必要であっても奴隷にふさわしい人間はいないとすれば良いからだ。ニーチェ(誤解である、特にエリザーベトファックとよく言われるが)、ハイデガーの思想は確かにナチズムに接続しうる。前者はナチスのころは死んでいたし、そもそも反ユダヤ主義者ではない、後者は違った。
現象学的なのである。あのマッハの絵のようにわれわれは肉体を伴っている。大地に立っている。輝かしい正義が天上界にあるわけではない。地べたで正義について語り続けなくてはいけないのだ